11 04, 2002
趣味人の殿堂、中野ブロードウェイ(導入編)

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新宿から西へ中央線で5分。そんな立地にある中野。東京大空襲の被害も殆ど無く、多くの木造家屋が、昔ながらのたたずまいで残る、「西の下町」的な静かな住宅街である。人口は約30万人。最近は、住基ネットが稼動し住民コードを配った後でシステムから切断する、という、決断は遅いがまあいいか、的な不思議な対応を中野区は演じている。

そんな静かな街中野が、趣味人(ここではあえて、おたく、とは呼ばない。おたく向けの店が結果的には増えてしまったが、その形成に至る街の発展の歴史は、広くて、深いのである。)の殿堂、中野ブロードウェイを育ててきた背景とは何か。そして、中野ブロードウェイの「今」はどうなっているのか。中野に東京オリンピックの年から住んでいる(うーん、歳がばれる。)Kuma の視点から、これをシリーズでお伝えして行こう。休みの日中心の、不定期連載、題して、「趣味人の殿堂、中野ブロードウェイ」

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中野ブロードウェイは、東京オリンピックで盛り上がった中野駅北口開発の一環としてJR中野駅北口、アーケードのサンモールの北側に昭和41年(1966年)に完成した。地下は3階、地上10階建て。5階より上は住宅になっている、竣工当時は日本でも珍しい Shopping Complex (ショッピングセンターと住居の複合施設)だった。今は老朽化が目立つこの建造物も、昭和40年代当時はイカした高級マンションだったのである。どの位高級だったか、というと、かつてはコメディアンで前都知事の青島幸男氏や沢田研二とピーナツのカタワレ(これでも、時代が知れるだろう。)の夫妻が住んでいた時期もあった程。オープン時のキャッチコピーはしかし、「サンダルで入れるショッピングセンター」でもあった。ショッピング・センター部分は当初から高級化を目指さず、生活空間の延長として入って来る事が出来る気軽なショッピング・スペース、として位置づけられていた。

昨年の日経流通新聞記事によると、「中野ブロードウェイが商業施設として強烈な「個性」を発揮できた理由は、老朽化に伴う賃料の安さと店舗面積の小ささにある。施設内の一部の不動産を管理する阿部興産(東京・中野)の阿部賢一郎社長によると「駅付近の商店街では平均3.3平方メートルあたり月7万円程度なの(に対し、ここは3万円前後」という。地下1階から地上4階まで(3万1000平方メートル)は大型店の出店を想定していなかったため、約300の区画に分かれる。約20平方メートルの区画が多く、保証金を含めても200万~300万円で開業できる。金はないが個性で勝負する若い経営者が集まりやすい。.....老朽化だけは確実に進むが、所有者が分散していて建て替えは難しいというのが多くの関係者の見方だ。」という記述がある。

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このあたりに、おたく、もとい、趣味人向けの小型専門店が多く出店した素地がある。まんだらけがブロードウェイ3階にオープンしたあたりから、漫画・コミックキャラクターを中心とする、濃いおたく文化が、このブロードウェイに流入してきたのである。昭和55年に、最初は小規模店舗のひとつに過ぎなかった漫画古書専門店をオープンしたまんだらけは、昭和62年には株式会社化、全国に支店をオープンし、平成12年にマザーズに上場する。まんだらけの事業規模拡大が、中野の趣味人文化を全国的に有名にした。中野南口に創業していた青井家具店が、若者向け割賦販売の成功をもとにクレジットのマルイを全国展開した株式会社丸井のサクセスに続く、中野発のベンチャー成功物語とも言えるかもしれない。(上場後の株価低迷はあるが...まんだらけの小さな中古漫画ショップ時代を知る者にとっては感慨がある。)

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しかし、まんだらけの進出前から、中野には、趣味人向け中古店文化が芽生えていたことはあまり知られていないだろう。Kuma も幼少の頃から父の影響で通っていた、中古・新品カメラ扱いの専門店、フジヤカメラ。その前身となる「大月太陽店」というちょっと変わった名前の写真材料店が中野の新井町に開店、ブロードウェイの近くに舶来カメラ店として店をかまえたのは、昭和13~18年、戦前のことである。カメラの割賦販売、中古カメラ店としてその後業容を広げ、昭和49年には通信販売で全国にその中古カメラ専門ショップとしての名前を広める。カメラマニアの間では以前から大変有名な店で、今でもその主力商品は幅広いメーカーを網羅した、在庫豊富な中古カメラ・レンズ類。

社長が趣味人の集まる中野の文化を理解してか、昭和58年に、ブロードウェイ内にフジヤエービックという、オーディオ・ビジュアル機器の新品・中古扱い店を始め、さらにアニメーションや映画のビデオや LD Disk を扱う店舗に拡大。最近ではロレックスの中古を大量に扱うジャック・ロードもブロードウェイの中に開店して、フジヤカメラ FAN-b グループ、を形成する。店舗名がそれぞれ異なるので気づかれにくいが、まんだらけグループ発展の前に、もうちょっと上の大人の趣味人層を顧客対象とする、フジヤカメラ・グループの中古専門店舗型趣味人文化が、JR中野北口駅前のサンモール商店街から、その奥にあるブロードウェイに向けて北上して行ったのである。

Kuma は個人的には、まんだらけの店舗には殆ど足を運ばず、このフジヤカメラグループ店舗を回っていることが多い。フジヤカメラグループの底力については、追ってまた説明し度い。新宿西口のカメラ店文化とはまた違う中野ならではの趣味的な流れが、ここにはある。Kuma がホビーとして、アナログカメラから、デジタルカメラにどっぷりとつかって行ったのも、この帰宅途上にあるフジヤカメラの存在が極めて大きかった。

フジヤカメラグループを掘り下げる前に次回は、まずは、まんだらけグループの各店舗の様子と、老朽化しつつあったブロードウェイ・ショッピングセンターに与えたインパクトを検証してみよう。お楽しみに。(って誰が楽しみにしているか良くわかりませんが、中野の趣味人文化の今を、ここに記しておきましょう。読み手の皆さんも、自分視点からの面白おかしい地元自慢、是非教えて下さ~い。)

Posted by minami at 11 04, 2002 09:37 AM