November 19, 2002
味噌ラーメンだね、やはり。

Ittenbari shop small.jpg

外では、文字通り、ピープーと北風が吹いている。落ち葉が、路上でくるくると舞い始める。木枯らしが吹く晩は、やはり味噌ラーメンが恋しくなる。しょうゆより、とんこつより、味噌ラーメン。スープ表面の油の層が保温効果を発揮することもあってか、なかなかさめない。身体の芯まで温まる、秋・冬の定番、味噌ラーメン。

Ittenbari gyoza small.jpg

赤坂では、見附駅への途上、ということもあって、田町通りの「一点張り」に立ち寄る事が多くなる。ぱりぱりと表面の焼け具合が丁度良い餃子(ちなみに写真は5個のみだが、実際は6個入り。一口食べて、はっと Blog 取材せねば、という義務感(?)に立ち返り、デジカメで撮影した、取材者精神あふれる写真である。)にエビス・ビールという組み合わせで待つ。最近 MT を立ち上げた Taiga 氏の、ビール日記、を読んでいると、ついついエビス・ビールが飲みたくなってしまう。Blog による口コミ Marketing はアリだな、などと考えながら10分ほどすると、湯気がほかほかあがった味噌ラーメン、ハイお待ち。

Ittenbari miso raamen small.jpg

バター・コーン・味噌ラーメン、これで850円。濃厚な味噌の上で、バターがじわじわと溶けて、さらに濃厚な味に。ふうふう言いながら、一気に食べる。身体の芯から、あたたまってくる...ん、しかし、待てよ....何か足りない。何なのだろう、このエビスビール・餃子・味噌ラーメンの三種の神器にありつきながらも、物足りなさを感じるのは....

Ajishichi Miso Raamen small.jpg
わかった、原因は、1週間ほど前に食べた、中野駅前、味七の味噌ラーメンだ。味噌は一点張りほど濃厚ではないが、深みがあり、具となるもやしやチャーシューの量も豊富。ちじれ麺が、歯ごたえがあって、味噌のスープをからめて食べると抜群にうまい。脱サラした店主が始めた、白線通り(中野駅前から続くサンモール商店街と、ブロードウェイの間の、白いタイルの、飲食店が多く並ぶ小道)の一号店(本店・あかのれん)が繁盛して、第二号店(支店・あおのれん)が中野駅前に出来た。

Ajishichi small.jpg

そこに先日出かけて久しぶりに食べたばかりだったのだ。写真を見てもなんとなく、味七の方からおいしそうな香りがただよっている。一点張りも、決してまずいわけじゃない。標準より明らかに上だ。赤坂の飲食店街の真ん中、という好立地もあって、そこそこ行列が出来たりしている。でも、味七と比べると、また食べたいな~、と思わせるパンチが少ない。帰宅途上にあるからついつい立ち寄ってしまうのだが、もう一度どうしても足を運びたくなる、という点では、味七の方が上かな。地元ラーメン屋びいきかもしれないけれど。

Ajishichi Honten small.jpg

つらつらとラーメン Web Site を見ていると、高円寺の南、青梅街道から環七へ折れた、味噌一、もかなりうまいらしい。家から比較的近いが、一度も行ったことがない。ここにも今度突撃しよう。

うむー、一点張りから始めてとりとめのない味噌ラーメン話の展開になってしまったが、本日言いたかったことは、「秋・冬は、味噌ラーメンで温まろう。やはり。」(しつこい。)

(写真は、青のれんが、最近中野駅歩いてすぐのところに開店したばかりの味七支店、赤のれんが白線通りの味七本店。)

Posted by minami at November 19, 2002 12:00 AM | TrackBack
Comments

minamiさん
なんだか。だんだん、コメントを必ず書かなければならない体になってきましたよぉ~。

味噌ラーメン。この言葉を聞くだけで、しばれる大地「北海道」であーたかいラーメンをすすっている人たちの姿が思い浮かぶ。

ここにのってる味噌ラーメンは、一点張、味七、味噌一とどれも有名店。しかし、食べ歩く前「味噌ラーメンって美味しいけどどこもたいして味が変わらんなぁ。味噌が濃いか薄目か。辛いか甘いかぐらいやなぁー。」こういう風にずっとそう思ってました。食べ歩いてからもしばらくそんな日々が続いてました。あるとき、横浜ラーメン博物館(ラー博)にある「純連(すみれ)」にであって、それまでの味噌ラーメンの自分の中に概念がガラガラと音を立ててくずれ、しばらく席を立つことができなかったことを憶えてます。今東京では、高田馬場に純連(じゅんれん)の東京店一号店ができました。これは、めっちゃうまいです。

味噌ラーメンの歴史を語れるときやはり、「味の三平」を抜きにして語れません。昨年(2年前かも)、おやっさんが他界しました。
 このおやっさんが、開発したのが味噌ラーメンで、それまで主流の醤油にはなかったパンチと濃くのある味噌ラーメンは、全国をせっけんしました。ちょうど昭和40年代のことです。
 ラーメンのスープに味噌を入れるという発想。いまではあたりまえでどこにでもあるらーめんの原点は、当時では誰にも考えつかなかった奇抜な発想だったんですね。いつの時代も時代をリードするトップランナーは、誰もなし得なかったことから始まってますね。発想の原点になにがあったか。それは、当時、食糧難でなんとか美味しく栄養のよい暖かいものを安く食べてもらいたいとの発想があったと聞いてます。
 いまでは、味噌は、ラーメンの1つのカテゴリーまでになっいる。この原点は、心やさしい人のラーメンのスープよりあったかい心が生み出したあったかいラーメンなんです。
 これからの寒い時季。益々おいしい味噌ラーメンが食べたくなりますね。

ちなみに、とにやん推薦の味噌ラーメンは、純連@高田馬場、大山@四谷三丁目、味七@中野、勇@新橋ですね。なかなか美味しいお店でお近くのラーメン屋は、ひょっとこも美味しいピリカラの味噌ラーメンが食べれれますよ。

しかし、こんなこと書きながら恥ずかしいことに北海道いったことないんですよねぇ。汗)

Posted by: toniyan on November 19, 2002 10:40 AM

いつもながら深いコメント、有難うございます。

ええ~、宮崎ラーメンのひょっとこにも味噌あったのでしたっけ。いつも行列していて入れなかったので、試さねば。

高田の馬場の、純連、味噌一より先にいかなきゃ、ですね。

味七は、ラーメン店でにぎわう中野界隈でも久々の2号店開店、で、不況にも強いラーメン・ビジネスの底力を見る様な気がします。

店主は、1号店が出来たてで、まだ髪が黒い頃から知っているのですが、脱サラしてここまで頑張ったのだな~、と思うと、応援したくなります。

Posted by: minami on November 19, 2002 01:33 PM

minamiさん
そうなんですよ。ひょっとこは、味噌もあるんです。とにやんのお勧めは、ここのラーメンは、少し量が少なめなので、半ライスと一緒にいつもらーめん食べてます。ここのつぼ漬けおいしいんですよ。ご飯頼むとついてきます。
ひょっとこのらーめんは、やさしい味なのでいつもおなかに負担をかけたくないときに食べてます。

味七は、2号店は、まだいってませんね。

Posted by: toniyan on November 19, 2002 07:38 PM

最近当方の身近なところでは、Hachiya さんがしょっちゅう北海道に飛んでいて、美味しい味噌ラーメンをバリバリ開拓されている様です。Hachiya さんから、北海道の味噌ラーメン情報も仕入れておきます。

それにしても、味噌ラーメンの歴史は、昭和40年代に始まった、新しいものだったとは。これは意外でした。勉強になります。

Posted by: minami on November 20, 2002 08:50 AM

minamiさん
ちょっと加筆、修正です。
 味噌ラーメンの歴史をもう少し紐解くと栄養の良いものとして豚汁に入れたことから始まってるんですね。時代は、40年代ではなく30年代でした。間違えました。つけ麺の歴史とオーバーラップしてたようです。(大勝軒とはべつです。ここでいうつけ麺とは、「つけ麺大王」のことです。)36年には、お店の正式メニューとして取り上げられたようです。
 私の師匠の本によれば、昭和30年、アメリカの大手スーパーグループ、マギー社の社長が、「リーダーズ・ダイジェスト」誌に、日本の食文化について次のように述べたようです。「日本人は味噌という素晴らしいソースをもちながら、それを活用していない」と。m味噌好きな「味の三平」の大宮守人氏は、この記事をずっときになっていてたようです。また、お客さんからも「豚汁に麺を入れてみて」とのアドバイスもあり、試行錯誤した末に完成したようです。もちろん、なんとか栄養のあるものを食べさせたいとのこともります。説明不足であったので加筆します。

Posted by: toniyan on November 20, 2002 12:26 PM
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